第1回 福岡セミ会

プライベート
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今年もですが、世界ではいろいろなことが起こっています。コロナウイルスをはじめとした感染症、各地で発生している水害や気温上昇、バッタの大発生などです。植生もかわってきたり、海水温の上昇で今まで獲れてた魚もとれなくなったり気候変動がどんどんすすんでいるみたいです。災害には50年に一度とか100年に一度とかいった表現がよく使用されますが、もはやそうではないでしょう。今年たまたま起こった災害ではなく、おそらく今後、毎年おこることだと思います。

ヨーロッパでも気温が40℃超えてるんですよ(参考)。今年は日本も超えそうですよね。シベリアやグリーンランド、北極、南極でも気温上昇により氷が解けたり、地中に閉じ込められていたメタンガスが大気中に放出されたりしているみたいです(参考)。

大気汚染も海洋汚染もひどいですね。空は霞んでいることが多く世界中で呼吸器疾患が増えていることは、体感的にもそう感じます。コロナで3月と4月は世界中が自粛ムードでしたが、そのときは各地で一時的に大気や海や川がきれいになったそうです。

不謹慎ですが、じつはもう、私のなかでは人類文明は帰還不能点(Point of No Return)を超えてしまったんだと思っています。

いますぐにでもみんながブッシュクラフト的な生き方になるか、圧倒的な科学技術の発見や発達がないとダメだと思ってます。ブッシュクラフト的生き方とは、あまり科学技術に頼らない生き方で産業革命以前の生活に戻ること。または、農耕牧畜ではなく狩猟採取生活ができるていどの人口に抑えるということ。後者の圧倒的な科学技術の発見とは、例えば環境に負荷のかからないエネルギー技術の発見でしょうか。核融合とか変換効率のいい太陽光発電とかかな?植物の光合成は光子をほとんどロスなくエネルギーに転換したり無機物から有機物を合成します。ほかには、実用的な量子コンピューターの開発でしょうか。どちらも量子力学がキーポイントになりそうです。

どちらの方法も、10年以内に達成することは無理ゲーだと私は思っています。

という、暗く長い前置きは程々にしましょう。

で、そういった諸々の危機に備えて、セミ会をしました。はなしがぶっ飛び過ぎ!

セミ会?なにそれ。

まぁ「セミを食べる会」のことです。セミをキャッチ&イートする会。

東京や関西では毎年夏に開催されているらしいですが福岡ではやってません。

友達や職場のひとに声をかけるも、どなたもあまりいい顔はされません。それに、声をかけるひともちゃんと選ばないと「こいつ、とうとう狂ったな!」って友達の縁を切られることにもなります。(ブッシュクラフトが好きな人はけっこう理解してくれますが♪)

そして、快く賛同してくれたいつもの3家族。さすが!

今回のこれが、まさしく記念すべき福岡で初めて開催された「セミ会」です。会というほどの集まりじゃありませんし、第2回があるかもわかりませんが。。。

お互いの子どもたちを連れて、出かけました。持っていくものは虫網、虫かご、なべ、カセットコンロ、油、調味料などです。

セミがたくさんいそうなところで、火を扱ってもよさそうなところとして那珂川市の山のなかのとあるフィールドにいったんですが誤算でした。山の中にセミはいない!いや、いるのはいるんですが、町に比べて山は木が多く、セミの人口密度、いや、蝉口密度が小さくて探すのが苦労します。それに、居たとしても街路樹に比べて山の木は背が高く、網の届かない高いところにいるので捕まえられないのです。少し下りた里山でも捕まえるのは困難でした。とおとお、いつもヨガ教室をしてる春日市いきいきプラザのうらの公園でつかまえることにしました。するとどうでしょう、めちゃめちゃ簡単に捕まえられらます。なんとも逆説的な状況でした。

蝉は自然のなかよりも街中の木のほうが捕まえやすいのです。これは勉強になりました。

さて、さっそく家に持ち帰り、庭で調理しました。家の台所は家内に断固反対されましたから。もう、頭の中には「キューピー3分クッキング」の曲が鳴り響いています。まずは、虫かごからセミを1匹とりだして翅をむしります。ジージー泣いているセミの翅をむしるのは、けっこう強い心が必要です。断固たる決意が。それになかなか強くてとれないのです。でも心を鬼にして「エイや!」とむしりました。むしったセミはもうそこらへんに置いといても逃げていきません。

つぎに、油のなかにセミを投入し揚げます。半分は素揚げで半分は衣をつけて唐揚げです。しかし、唐揚げは失敗しました。甲殻がつるつるなので揚げてる途中で衣はほとんど剥がれます。

そして、実食です。

サクッとした軽い歯ごたえでした。やっぱり味のないエビ。セミの種類にもよりますが、アブラゼミは食べやすいです。クマゼミはちょっと大きいのでなかに実体というか、まだ体液が入っている感じがしました。娘もちゃんと食べることができました。私は3匹、友だちは2匹、娘が1匹です。

昆虫食入門 昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える ぼくは猟師になった

もうこれで、私たちは食糧危機がきても生き残ることができます。私にとっても娘にとっても、とてもいい経験ができました。いい勉強にもなりました。残酷でしょうか?現代はアウトソーシングの時代なので、生活の残酷な部分は子どもたちの目から隠されてしまってます。

生きることは食べること。食べることは殺すこと。だから殺したならばちゃんと食べなければなならい。

第2回がしたいひとは連絡ください。東京みたいに定期的に開催して、もっとセミ会を普及出来たらいいなと思ってます。動画や画像は、そのうち、この記事を編集してアップするつもりです。

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