ヨガとピラティスの違い

スポーツと運動
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*注意*
この記事は半年くらいまえに書いたやつです。この記事よりももっと参考になる記事を最近みつけたので、終わりの方にリンクを貼ってます。そちらと併せてご覧ください。

よく比較されたり一色単にされてしまうこの「ヨガ」と「ピラティス」について考えてみました。

ピラティス歴なしでヨガ歴が2年8か月の私が勝手に解釈した内容なので過度に信用しないようにしてください。もっと詳しい方、間違いがあればご指摘ください。

私のピラティスのイメージといったら、「コアトレ」って感じですかね。私が理学療法士(PT)になるまえからピラティスをリハビリに取り入れてるセラピストはすでにたくさんいました。リハビリに取り入れられるくらいだから安全なエクササイズになります。

そもそもピラティスとは、ジョセフ・H・ピラティスさんが、幼いころから病気がちな自身の虚弱体質を克服するために生み出した健康法であり、その後、第一次世界大戦の前後には軍人や戦傷者に対してエクササイズの指導やリハビリをおこなってきたものです。そして、それがアメリカにわたってセレブのあいだに流行し世界に広まったという経緯があります。なので安全なのは当たり前でリハビリとも非常に相性が良いです。

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それに対して、ヨガはおそらく健康法ではありません。また、安全でもないと思います。なんか不気味な悪い予感。ヨガはピラティスほどリハビリには取り入れられてませんが、第三世代の認知行動療法と目されているマインドフルネスとあわせて、最近は精神系や心理学系のリハビリにもちょいちょい顔を出すようになってきたということです。

ピラティスが健康になることを目的としているとしたら、ヨガは「真理を悟る」ことが目的なのだと思います。まぁ、その副産物として健康になることがあるかもしれません。ですが、それ自体が目的でなないように思えます。これはヨガとピラティスが生まれた時代背景の違いにあらわれていると思います。

一般的に、世間のひとが抱いているヨガのイメージってのは「ポーズをとるエクササイズ」のことだと思っているひとが多いと思います。

ヨガではポーズのことを「アーサナ」と言いますが、実はアーサナはヨガの一部であって、全てではありません。その他にもヨガを構成するものとして「瞑想」「呼吸法」「マントラ」「チャクラ」「哲学」「信仰」などがあるみたいです。これらはさきほどの「真理を悟る」という目的を達するための方法論になっていて、ヨガとは健康法ではなく「悟るための方法論」または「生き方や考え方」、「哲学」なのだと私はとらえています。

なので、「健康のためなら死んでもいい」みたいな本末転倒な言葉があるように、目的が健康のほうに向いてない以上、「悟りを開くためなら死んでもいい」みたいな状況がきっと大昔もあったと思います。修行をし過ぎて身体を壊したみたいな。事実、ヨガ(アーサナ)で身体を柔軟にしすぎるとかえって体の調子が悪いってことが起こります。また、ヨガの技法によってはクンダリニー症候群という病気や瞑想のやり方によっては禅病、離人症、魔境と呼ばれる精神病のような境地もあるそうです。

なんかヨガって怖くないですか?ピラティスが正統派ロックだとしたら、ヨガはハードコアでしょうか。石橋を叩いて着実に渡るのがピラティスなら、ヨガはとにかくどんな方法でもいいので川を強引に渡るって感じですかね。そしてときどき溺れるみたいな。私はそういうの好きなんでいいんですけど、このブログみたら教室に通う人減ったりして…(涙)

ここで、少し、ヨガが生まれた歴史的な背景を。その昔、今から約3500年くらいまえ、紀元前1500年ごろに、カスピ海沿岸に住んでいたアーリア人がガンジス川流域に侵攻し、その地の原住民(ドラヴィダ人)たちを支配しました。いわゆるインダス文明ってやつです。アーリア人はカーストをつくり、そのヒエラルキーのうえで暇をもてあましていました。古代ギリシャでもそうですが暇を持て余すと人間ってのはたいてい哲学をするものです。こうして、インドではウパニシャッド哲学が発展しました。東洋思想のはじまりです。ここまでは学校で習いましたよね。

そんな流れのなかで、「俺も真理を悟るぞ~」というムーブメントがインドらへんに興りました。そこで紀元前5世紀ごろに登場するのが釈迦です。おそらく天才的なヨガ行者であった釈迦も「真理を悟る」ための方法論であるヨガ(苦行)を一時期頑張りましたが、結局、ヨガでは悟れない、または効率が悪いということに気づきます。そして一番手っ取り早く誰でも悟れる方法は「ヴィッパサナー瞑想」であるという結論に達するのです。なので、仏教的にはヨガは効率の悪い修行なのだと思います。しかし、大衆ウケするために大乗仏教のなかにはヨガの密教的な要素をいくつか取り入れられているものもあります。

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 仏教とヨーガ 仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

なんか、健康法としてはピラティスに、哲学的には(原始)仏教に遅れをとっているような気がするのは私だけですかね。でも、ヨガって遥か昔から多くの人間が、その上を通過してきたので、その人間の数だけ情報が多くあり、その情報量ゆえに混沌とした不完全さがあるような気がします。しかしその不完全さが魅力的であり、その矛盾を受け入れるのがヨガであるとも思います。

ヨガのポーズのなかには、「なんじゃこれ!むちゃやろ!これ、ほんとに健康にいいのか?」ってポーズがたくさんあります。こんなことしたらぜったい身体ぶっ壊れるやろーってやつが。ちなみに、そういうポーズはヨガアワーのシラバスからは削除されてますので、教室に通ってくださってるみなさんはご安心ください♪

このブログ最後まで読まないと教室の生徒さんは不安がるやろーなぁ(ドキドキ)

*注意*
この記事を書いたあとに、ほぼ同じタイトルの記事をみつけたので私の記事は信用せずに下記のリンクの記事を参考にしましょう。

似ているようで全く違うピラティスとヨガの違いとは?

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